株式会社ノイズ研究所

技術情報 可視化技術を利用した近傍電磁界測定システム

株式会社ノイズ研究所
商品開発部 商品開発3課
課長 根津 伸丞
NoiseKen

センサイトWEBジャーナル8月号 記事掲載

1 はじめに

私たちの身の回りには、多くの電子機器から発する見えない電磁波(ノイズ)が飛び交っている。
その電磁波の強度(レベル)が小さければ問題は無いが、大きいと様々な障害を与える可能性がある。

例えば、飛行機内でスマートフォンやタブレット端末を利用する際には、電波を発さない状態(機内モード)にしなければならないが、それは機内に搭載している電子機器が誤作動を引き起こしたり、離着陸時の通信障害を与えたりする可能性があるからである。

このような周囲の電子機器に悪影響を及ぼす原因となる電磁波を電磁妨害波と呼び、電磁妨害波が他の電子機器に与える現象を電磁干渉(EMI : Electromagnetic Interference)と呼ぶ。

EMIによる様々な電子機器間のトラブルを防止するために、国や地域を超えた国際規格と各国が定めた国内規格が存在し、製品を流通させるためには、それぞれの規定をクリアしなければならない。

規格では、機器から空中に放射される電磁界の強度を測定するエミッション測定という測定方法が示されており、規定の強度内に収まっていることが求められる。

このエミッション測定は、電波暗室と呼ばれる外部からの余計な電磁波を遮断し、被測定物から輻射される電磁波のみを測定できる特殊な部屋で行われ、高額の費用が発生する(図1)。

また、測定結果が規定レベルに入らなかった場合は、何らかの対策を講じて規定に入るまで何度でも測定を行わなければならず、多くの電子機器メーカーはその手間とコストに悩まされている。

当然、設計段階で独自の設計ルールに基づいて電磁波を抑える配慮を行っているが、様々な要因で予期しない電磁波が発生することもある。それを抑えるために一箇所対策を行ってもまた別の問題が発生する「もぐらたたき」になることも珍しくなく、対策には充分な知識や経験、勘といった専門性の高いスキルが求められる。なによりその行為を難しいものにしている大きな要因が「電磁波が見えない」ということである。また、対策は仮説を立てて検証を行うのが一般的であるが、測定作業というハードルが高いため、そのサイクルを簡単に回せないというのも対策行為を困難にしている。

この問題の解決手法の一つとして、見えない電磁波を手軽に分かりやすく可視化する電磁波可視化システム(可視化技術を利用した近傍電磁界測定システム)を開発した。

可視化技術を利用した近傍電磁界測定システム 製品イメージ画像
図1:電波暗室イメージ

2 システム概要

本システムは、電磁界プローブで測定したデータと被測定物の実画像を重ね合わせることで、電磁波の発生箇所を手軽に可視化するシステムを目的としており、電磁波を捉えるプローブとそれを解析するスペクトラムアナライザやオシロスコープ、データを処理するPC、そして被測定物を写すWebカメラと比較的安価で入手可能な製品で構成している(図2)。

可視化技術を利用した近傍電磁界測定システム 製品イメージ画像
図2:システム全体イメージ

<測定方法>
被測定物をカメラで写し、その上を電磁界プローブで手動測定を行う。
測定を行った箇所は、予め設定した電界強度に合わせた色を実画像上に重ね合わせて表示する(図3)。

可視化技術を利用した近傍電磁界測定システム 製品イメージ画像
図3:ノートPCの電磁波を可視化したイメージ

3 可視化技術の説明(原理)

本システムの電磁界可視化は大きく分けて、電磁界プローブの位置認識、電磁界プローブの信号解析、位置と信号解析結果による色分け表示の3つの要素からなる。各要素を以下で説明する。

3-1 電磁界プローブの位置認識

本システムにおいて電磁界プローブの位置認識は色を用いて行う。あらかじめ電磁界プローブのセンサ部に色の付いたスポンジ等を被せることにより、プローブを色認識できるようにしておく。画像認識はリアルタイムで監視を行い指定された色(色相、彩度、明度)を元に検出し、重心を求めることで電磁界プローブの2次元位置を割り出している。

電磁界プローブの認識率を上げるために、なるべく鮮明な画像にしておくことや、プローブの色が他と重なっていない色に指定し、反射光が映り込まないことなどが求められる(図4)。

可視化技術を利用した近傍電磁界測定システム 製品イメージ画像
図4:プローブ認識確認画面例

3-2 電磁界プローブの信号解析

電磁界プローブの信号に対してスペクトラムアナライザやオシロスコープ等の計測器を用いて電磁界強度と周波数の解析を行う。多くのスペクトラムアナライザが採用している掃引型には掃引時間が存在し、この掃引時間中に電磁界プローブの位置が移動すると、異なる位置の信号が含まれてしまい正確なデータとはならない。そのため電磁界プローブの位置が移動した場合にはデータの破棄を行う。

3-3 位置と信号解析結果による色分け表示

電磁界プローブで測定した信号を強度に応じた色分けで実画像に重ねて表示することで、今まで見えなかった電磁界の可視化を実現する。

電磁界を色分けした画像(電磁界分布画像)には測定区画の分解能が存在し、予め実画像に区画割を行い区画単位で色分けを実施している。区画のサイズは測定物の大きさ、電磁界プローブの大きさ及び希望の分解能によって決定する(図5)。

可視化技術を利用した近傍電磁界測定システム 製品イメージ画像
図5:電磁界分布の分解能例

3-4 測定における留意点

本システムでは電磁界プローブを用いて手動で測定するため、測定には再現性の確保と処理速度が課題となる。

電磁界プローブは様々な大きさが存在しており、周波数や向きによる感度特性がある。そのため、適切な感度を得ることができるプローブを選択し、再現性が確保できるように同一条件(機器の動作モードや、被測定物の距離や向き)で測定する必要がある。

また、外来から飛び込んでくる電磁波にも気を付けなければならない。事前に外来の電磁波を確認し、被測定物からの電磁界と切り分ける必要がある。

電磁界プローブは非接触で測定しているため、機器へ影響を与えずに簡単に測定ができるというメリットがある反面、上記のように測定に気を使わなければならない。

処理速度に関しては、画像処理に要するプログラム上の処理時間は殆ど無視できるレベルであり、スペクトラムアナライザの処理時間(データ送受信時間含む)が殆どである。ある一定の速度を確保できないと測定者がストレスに感じるため、スペクトラムアナライザのスペックが重要となる。

最後に機器から発生する電磁波は定常的に発生しているとは限らない。時間で変化する場合もあるため、測定者は電磁波データを観察しながら測定を行う必要がある(そのタイミングから電磁波の発生元が分かる場合もある)。なお、本技術は特許第5589226号の技術を使用している。

4 測定結果から分析

電磁波の可視化を行うことで電磁波の発生箇所の特定や分布、周波数等の様々な解析が可能となる。 図6は卓上電気スタンドの電磁界を可視化した例である。

可視化技術を利用した近傍電磁界測定システム 製品イメージ画像
図6:卓上電気スタンド対策前

電磁波の強度の色分けにより、赤く表示している箇所が相対的に多くの電磁波を発生しているのが分かる。また、電磁波の強度だけでなく周波数の解析が可能で40MHz付近の強度が大きいことが分かる。図7は40MHz付近の周波数に絞り、対策部品(フェライトコア)を取り付けて再度測定した例である。図6と比べてみると対策の効果をはっきり確かめることができる。

また、今回は対策部品を取り付けて効果の確認を行ったが、予め設計段階で検討した対策部品を外してみることでその効果の確認が可能である。

可視化技術を利用した近傍電磁界測定システム 製品イメージ画像
図7:卓上電気スタンド対策後

しかし、EMI規格の対策として本システムを利用する場合、近傍で測定した電磁波が抑えられたように見えても、必ずしも電波暗室でのEMI測定で同様の効果を得ることができるとは限らない。

何故なら、被測定物全体から発生する電磁波を測定するEMI規格測定とは異なり、本システムでは電磁界プローブで直近の位置を測定しているため、相関関係を得る事はできず、電磁波の性質上測定する距離(遠方界と近傍界)に大きく依存するためである。従って、本システム上で効果(変化)を確認するだけでなく、EMI測定を行い、その効果を検証することが必要である。その検証結果を蓄積して比較することで対策のノウハウを蓄積することができる。

また、電磁界シミュレーションソフトの結果データとの関係性を比較してみると新たな発見ができるかもしれない。

5 応用

電磁波を可視化するということは、自ら出力している不要な電磁波を抑えることに利用できるだけでなく、電磁波から自らを守ることにも有効である。

例えば、モーターなどの誘導性装置の接点の遮断やリレースイッチのチャタリングなどが原因で、大きなパルス性の繰り返しノイズが発生する場合がある。それが機器の電源線や信号線等から侵入し誤動作や部品を破損することがあるため、そのような現象を模擬する試験を実施し、予め機器がある一定のノイズに対する耐性を持っていることを確認する必要がある。このような機器のノイズ耐性を評価する試験をイミュニティ試験と呼ぶ。

イミュニティ試験時に製品内の部品に誤動作や破壊が発生した場合、ノイズの侵入を防ぐ検討が必要となる。この確認として、実際に試験したノイズを注入し、その侵入経路が把握できれば、効率良く対策することができるはずであり、本システムの可視化技術が利用できると考え次の実験を行った。

周波数ドメインのスペクトラムアナライザを時間ドメインで波形が観測できるオシロスコープに変更し、ノイズ波形を測定するチャンネルとは別にノイズ発生タイミングを検出するトリガ用入力チャンネルを用意した。

これによりノイズを発生させながら被試験機器全体を電磁界プローブで走査することで注入したノイズの侵入経路を正確に捉えることができる。さらに、注入ノイズの波形形状が分かるため、ノイズ波形の変化から減衰、共振などの状況がわかり、より対策の検討が行いやすくなるとともに、対策効果の確認もできると推測した(図8)。

可視化技術を利用した近傍電磁界測定システム 製品イメージ画像
図8:オシロスコープを用いたシステムイメージ

実際に高速の過渡ノイズが発生できる試験器を用いて試作基板にノイズを注入し、検出ノイズの最大値を色分け表示した(図9)。おおまかにノイズの侵入経路とノイズ対策(侵入経路の分離処理)をノイズ分布図によって確認することができた。

可視化技術を利用した近傍電磁界測定システム 製品イメージ画像
図9:ノイズの分布対策後
(画面右上の赤色が上下に分離)

この実験では、対策の効果だけでなく、注入ノイズの大きさや周波数等の性質を変更することにより、波形の変化を捉えることができた。それは今まで勘や経験に左右されていたノイズ対策設計に大きく役立つと言える。

設計者は仮説に基づくノイズ対策を行っているが、それを実証できるツールとしても有効である。
今回は高速の過渡パルスを模擬したノイズを注入して可視化を行ったが、下記のように様々な応用が期待できる。

● 筐体の設計
筐体にノイズを与え筐体全体を可視化することで、筐体全体のノイズ分布から筐体自体の形状設計や部品の配置場所の検討が可能。また、筐体から発する自己ノイズを調べることでシールド効果を確認することも可能である。

● アンテナの分布パターン確認
アンテナのどの位置からどのようなノイズが放射しているのかを確認し、アンテナの設計や使い方に利用できる。

● イミュニティ試験の分析
規格が定める幾つかのノイズを注入し、その波形を被試験機器の様々な位置で分析する事により、機器のノイズ耐性への傾向を把握できる。その傾向からどのようなノイズ試験を行う必要があるか、機器を把握し目的を持って試験に臨むことができる。

6 最後に

可視化が持つメリットとして「分かりやすさ」が挙げられる。分かりやすくすることで効率良く評価できるのは勿論であるが、データに説得力を持たせることができる。それは正しく伝えることに繋がり、後進育成に大きく貢献できると期待する。

今後、「分かりやすさ」に「使いやすさ」を追求することで、この可視化技術が少しでも多くの方のノイズ問題の解決に貢献できれば幸いである。

以上

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